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東京高等裁判所 平成10年(ネ)3902号 判決 1999年3月25日

控訴人

志賀高原農業協同組合

右代表者代表理事

畔上晴光

右訴訟代理人弁護士

川上眞足

宮原守男

若井英樹

被控訴人

市川寛子

右訴訟代理人弁護士

酒井宏幸

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

事案の概要は、次のとおり当審における主張を付加するほか、原判決事実及び理由欄第二(事案の概要)記載のとおり(略語も同じ)であるから、これを引用する。

一  控訴人の当審における主張

1  原判決の本件免責条項の解釈は、約款の文言に反する。

(一) 本件免責条項は「他の自動車の使用について正当な権利を有する者の承諾を得ないで、その自動車を運転しているときに生じた事故」は免責とする旨を定めている。これに対し、原判決は正当な権利を有する者の承諾がなくても「承諾の範囲内であると信じるについて正当の理由がある」場合には、本件免責条項には該当しないとした。これは、文理から著しく離れた解釈である。被共済者が承諾の範囲内であると信じたからといって、実際に承諾を得ていないのであれば、承諾を得たことにはならない。

(二) 自動車共済契約の当事者である控訴人は、本件免責条項の解釈について

「無断使用、使用窃盗、盗難などの場合は明らかに免責である」という指針に基づいて契約し、また支払いの有無を決定している。本件のようにデュオ川中島の承諾を得ない無断使用は運転者の主観を問わず明らかに免責であると解している(乙九号証の一ないし三)。

自動車共済契約と同旨の免責条項を定める自動車保険契約についても、保険実務は同様の解釈に基づき運用されている。すなわち、自家用自動車総合保険に付されている他車運転危険担保特約五条は、保険金を支払わない場合として「被保険者が、他の自動車の使用について、正当な権利を有する者の承諾を得ないで、他の自動車を運転しているとき」(同条(4)号)と定めている。その解釈は、「他の自動車を使用する正当な権利のない場合の運転に対しては、保険保護を与えない趣旨である。したがって、無断使用、盗難等の場合は、明らかに免責である」というものである(乙一〇号証)。

2  原判決の解釈は判例に反する。

(一) 他車運転の免責条項に関する下級審判例の趣旨に反する。

すなわち、自動車保険の他車運転危険担保特約に定められている同旨の免責条項について、その解釈適用をめぐって争われた事例として、青森地裁八戸支部昭和六〇年四月一二日判決(判例時報一一六八号一三九頁、乙一一号証)及び東京地裁昭和六三年八月二五日判決(交通民集二一巻四号八四〇頁、乙一二号証)がある。

両事案について共通することは、いずれも正当な権利を有する者の承諾を得ていない運転による事故は右免責事由に該当するとし、その場合に運転者の主観的態様を問題としていないことである。約款の文言を素直に解釈すれば当然の帰結である。

(二) 自損事故の免責条項に関する最高裁判決の趣旨に反する。

自動車共済約款の自損事故条項六条(ケ)は、自損事故共済金を支払わない場合として、「被告共済者が正当な権利を有する者の承諾を得ないで被共済自動車に搭乗中に生じた傷害」を定め、本件特約条項と同様の免責条項を設けている(乙八号証)。右免責条項の解釈については、最高裁判所昭和五八年二月一八日第二小法廷判決(判例時報一〇七四号一四一頁)の判例がある。事案は、自動車の所有者が職場の同僚に転貸を禁じることなくこれを貸与したところ、右同僚が友人に転貸し、友人が運転中に自損事故を起こして死亡したというものである。最高裁は、「前記免責条項にいう「正当な権利を有する者」とは、一般的には賠償保険の記名被保険者に相当する者(記名被保険者・名義被貸与者)をいうものと解するのが相当であり、したがって、記名被保険者から借り受けて被保険自動車を運転しているときにその借受人について生じた傷害については、保険会社は保険金の支払を免れないが、記名被保険者の承諾を得ないで右借受人から転借して被保険自動車を運転しているときにその転借人に生じた傷害については、保険会社は保険金の支払を免れるものというべきである。」と判示し、原審の判断は右免責条項の解釈適用を誤った違法があるとして原判決を破棄したのである。事案は所有者より転貸を禁じられることなく借り受けた者から転借して運転しているときの事故であり、運転者には「正当な権利を有する者の承諾があると信ずるについて正当な理由」があると見られる場合である。右判決は、右正当な理由がある場合であっても、現実に承諾がなければ右免責条項に該当することを当然の前提としているものと解される。

同じ約款に規定されている同様の条項については同一に解するのが合理的であり、原判決の解釈はこの理に反するものである。

3  原判決の解釈には合理性がない。

(一) 本件特約条項は、記名被共済者及び一定の親族等の被共済者が他人の自動車を一時的に運転して事故を起こした場合に、当該他車を被共済自動車とみなして共済金に給付し、他車に共済や保険がついていないときであっても被共済者を救済することを目的とする。被共済者は被共済自動車が修理中で使えないとか、本件のように出先にいるときとか、たまたま他車を運転するというような機会があることから、そのような場合にも共済金を給付することとして万一の事故に備えたものである。

本件特約条項は自動車共済契約を締結すると割増しの掛金なしに自動的に付される。そのため被共済自動車一台分の掛金を支払うことによって複数の自動車によって生じる事故を担保する結果になる。自動車共済契約は一台の自動車が一年間に起こす事故の確率を計算して掛金を定め一台一契約を原則とするが、その例外である。

他に複数の自動車によって生じる事故を担保する制度としては、いわゆるペイパードライバーのための自動車運転者損害賠償責任保険(ドライバー保険)があるが、機能は本件特約条項と共通であっても有償であるところが異なる(乙一五号証)。

(二) 本件特約条項の目的は右のとおりであるが、いかなる共済ないし保険であっても担保する範囲は約款によって定められるところであり、この理は本件特約条項においても同様である。

自動車共済約款は、本件特約条項が一台一契約の例外であることから、担保する範囲を他車の運転が被共済自動車の使用と同視できる場合に限定している。例えば、他車を自家用自動車に限定して被共済自動車が自家用自動車であることに平仄を合わせ、また、被共済者が所有していたり常時使用している自動車を他車の範囲から除き、一台分の契約で事実上は複数台分の事故を担保することにならないようにしている。更に、本件特約条項は他車に付されている共済、保険のあくまでも補充的なものとして位置づけられている。共済金の支払いについて、他車に付された共済、保険からの支払いを優先し、なお填補に不足がある場合に本件特約条項による共済金を支払うものとしているのはこの趣旨による(本件特約条項四条二項ないし四項)。

本件免責条項も担保範囲を定める一条件であるから、「正当な権利を有する者の承諾を得ない」運転の趣旨は、他車の運転のうち被共済自動車の使用と同視し得ない運転を担保範囲から除外するものと解するべきである。

そして、被共済自動車の使用による事故については、正当な権利を有する者すなわち記名被共済者の承諾を得ている場合に担保する(普通約款八条二項、乙八号証)。この承諾は明示又は黙示でもよいが客観的に必要とされ、これを欠くときは使用者に承諾があると信ずべき事由があっても担保しない。他車の運転による事故についても、同様に、正当な権利を有する者の承諾を得ている場合に担保し、得ていない場合には運転者の主観を問わず担保しない。同じ客観的な承諾を欠く運転でありながら、それが被共済自動車の場合は担保せず、他の自動車の場合は担保するということはないのである。

複数台の自動車による事故を担保することを主目的とする前記ドライバー保険においてさえ、担保する借用自動車の範囲を正当な権利を有する者の承諾を得た者に限定しているのであり、無償で付される本件特約条項がそれより担保する範囲が広いと解するのは不合理である(乙一五号証)。

(三) 原判決は、「本件特約条項が被共済者の同居の親族という属人性を基礎とするものであることからすると、本件免責条項が使用について正当な権利を有する者の承諾を得ないで当該自動車を運転した場合を免責事由としているのは、そのような不道徳な行為をした者に対しては救済を与える必要がないという道徳的価値判断に基づくものと解される」と断じる。

しかし、本件特約条項が属人性を基礎とするからといって本件免責条項を不道徳な行為をした場合に限ると解するのは明らかに論理の飛躍である。属人性のものであっても、どの範囲を担保するかは契約当事者が掛金と事故の確率を見合いにする等して決める事柄であって属人性とは無関係であるからである。前記のとおり、属人性の契約の典型であるドライバー保険においても、借用自動車は正当な権利を有するものの承諾を得たものに限定している。

原判決は、前記の説示に続けて、「なぜなら、当該自動車の運転について使用について正当な権利を有するものの承諾を得ているか否かによって危険率(事故率)に有意的な差異が存するとは考えられないからである。」との判断を示している。

しかし、他車運転が正当な権利を有するものすなわち所有者の承諾を得ているか否かは、危険率に差異を及ぼす。自動車の運転は性質上常に事故を引き起こす危険を有するものであるから、所有者はその危険を未然に防止すべき立場にある。所有者が自動車を他人に運転させる場合においてもこの立場は変わらない。自賠法三条が所有者を典型とする運行供用者に事故の責任を負わせたのは、この理による。所有者は、当該自動車の性能や瑕疵を最もよく知っており、これを他人に運転させる場合には、運転者の免許資格や飲酒の有無については勿論、運転技量や経験そして道路事情や交通規制についての知識、事故歴や違反歴等順法精神の程度、当該自動車を運転することの適性等を考慮して、事故の危険がないと判断した上で貸与する。事故による責任を最終的に負う立場にある者としては、これが通常の貸し方であろう。また、危険を未然に防ぐべき立場にある者としては、そのようにして貸すことが期待されるのである。したがって、所有者の承諾がある運転は承諾がない運転よりも、通常は事故の危険が小さいということができる。これに対し、所有者の承諾を得ていない場合は、たとえ運転者が承諾があるものと信じたとしても、運転の適否について所有者による客観的な判断を経ておらず、事故の危険が大きい。所有者の承諾を得ないで他人の手に渡った自動車は、所有者の管理が及ばないために極めて安易かつ無責任に使用されることになる。その過程で不適切な運転がされ、いきおい事故が起きる危険は増大するのであり、現に本件において事故は生じたのである。

原判決は、本件免責条項における「正当な権利を有する者の承諾」が自動車の運行の安全を確保する機能を有することを看過したため、危険率に有意的な差異がないと誤ったのである。

のみならず、正当な権利を有する者の承諾を得ているか否かは共済金の支払いについても有意の差異をもたらす。前記のとおり、本件特約条項は他車に付された共済、保険の補充的な制度として位置づけられており、共済事故であっても先ず他車に付された共済、保険から支払いを受けるべきものとしている。そして、他車の運転が正当な権利を有する者の承諾を得たものであれば、運転者は許諾被共済者、許諾被保険者として他車の共済、保険の保護を受けられる。その場合、共済者は本件特約条項による共済金の支払い義務を免れ、又は軽減されるのである。逆に承諾を得ていなければ常に支払い義務を負うことになる。明らかに差異がある。

原判決の解釈は支払い共済金を共済者の予期に反して著しく増大させる結果となる。そして、本件のように無権限者が所有者の意志に反して自動車を貸与し、さらに転貸、再転貸がされて事故が生じた場合にも、運転者に道徳的に非難される事由さえなければ保護されるとすると、本件特約条項が担保すべき範囲は無限に広がる。それは契約当事者が予測して定めた担保範囲をはるかに超えることになる。

二  被控訴人に当審における主張

本件特約条項の解釈について

1  控訴人は、最高裁判所昭和五八年二月一八日判決を引用し、自損事故の免責条項の解釈と、本件免責条項の解釈を同じ約款に規定されている同様の条項であるから同一に解釈すべきである旨主張する。

しかし、そもそも自損事故に関する約款と他車運転危険担保約款は、原審で述べたとおりその性質が異なるのであって、本体の保障約款の性質が異なる以上、免責約款の解釈が異なっても何ら不自然ではない。

右最高裁判決は、自動車に付帯された生命保険的性格の特約保険たる自損事故特約の解釈において被保険者の範囲を限定するものであり、本件で争点となっている他車運転担保特約により一定範囲で契約者たる人に付帯する賠償責任の適用範囲を限定する場合とは異なる。

右判決は、契約当事者の合理的意思解釈がその根底に存在し、予め契約当事者が契約車両の利用形態を検討し、運転利用するであろう利用者を予定し、その範囲で保険の対象としようとするものである。これは、自損事故条項が自己自身が自動車保有者ないしは運行供用者の立場に立つが故に第三者に向かって賠償請求できない者につき、一定額の保険金を支払う特約であることに起因する。通常の自動車賠償保険が他者に対する不法行為の賠償責任保険であるのに対し、自損事故条項は、第三者に対する賠償責任を追求できない事案に対し保障を与えるという意味で生命保険的な存在である。生命保険的な付帯保険と考える場合、契約当事者間においては当然その付帯保険により利益を享受できる者の範囲も予定されているものであり、契約当事者の合理的意思解釈により範囲は限定される。それはあたかも生命保険において、被保険者と死亡保険金等の受取人が特定されている如くである。

これに対し本件で問題となるのは、他車運転危険担保に関する条項であり、他車の定義にあるように、記名被保険者、その配偶者、同居の親族の所有以外の自動車で、かつ、常時使用する自動車は除くとされている。これはまさに、契約当事者が、契約時において契約者の使用が予定しうる範囲の車は全て他車から排除する趣旨である。すなわち、他車運転危険担保特約とは、他人の車を一時的に借用した場合であってもその際の事故について保障しようとするものであり、いわば契約当時全く予定外の代車等についても保障の範囲を拡大したものであり、契約当事者間において予め一時的に利用する他車は予定されていない。その意味で自損事故担保特約とは全く解釈が異なるものである。

契約当事者の意思としては、予定されていないからこそ他車に該当し填補の対象となる。通常は保険契約を付帯した自己所有車両等を運転し利用している保険加入者が、たまたま他人の車を借りて運転したところ、事故を起こしたが、事故車両には保険が付帯されていなかった場合に救済する趣旨で設けられた特約である。すなわち、一定の範囲内で、契約者たる人に保険が付帯するものである。ただ、付帯した人による車の利用であっても、その利用自体が不正な場合にまで保障を拡大することは保障範囲があまりに広くなりすぎてしまうことから、限定したものである。

2  控訴人は、本件特約条項が「一台一契約の例外であることから、担保する範囲を他車の運転が被共済自動車の使用と同視できる場合に限定している。」とする。しかし、他車運転危険担保条項とは右のとおり他人の車を一時的に借用した場合であってもその際の事故について担保しようとするものであり、いわば契約当時全く予定外の代車等についても保障の範囲を拡大したものであり、契約当事者間において予め一時的に利用することが予定されている他車は含まれない趣旨である。

3  控訴人は、本件特約条項を、「被共済自動車の使用と同視できる場合に限定する」趣旨に解釈した上で、本件免責条項の「正当な権利を有する者の承諾を得ない」運転にいう承諾の解釈を「記名所有者(実質的所有者を含む。)」の承諾に限定解釈しているが、右解釈には飛躍がある。なぜ承諾者が記名所有者(実質的所有者も含む。)に限定されるかについて何ら明らかではない。本件特約条項の解釈は特約自体の規定趣旨から検討されるべきである。

自家用自動車総合保険の解説(一九九七年版。甲五号証、甲六号証、乙一〇号証)によっても、賠償責任条項三条一項三号の「記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用」(許諾被保険者)の解釈は、「記名被保険者から直接的な承諾が必要」とし、いわゆる又貸しの借主は被保険者とはならない旨明確にし、自損事故条項三条一項三号の「被保険者が、被保険自動車の使用について、正当な権利を有する者の承諾を得ないで」の解釈につき、「一般的には賠償責任の記名被保険者に相当する者を指す」と明確に記載しているにかかわらず、他車運転危険担保特約に関する免責条項の解釈においては、右のような限定的解釈はされていない。

4  更に、控訴人は承諾の有無が共済金支払いに差異をもたらすと主張する。

確かに、他車に保険が付されていれば、許諾被共済者として、他車に付された共済で担保されることになるが、元々このような他車に共済が付されている場合には、本件特約条項は補充的に用いることが規定されているのであり、むしろ問題にされるべきは、他車に共済等任意の保険が付されていない場合である。他車に任意保険等が付されていない場合でも「使用に関する正当な権限ある者の承諾」により担保することに意義があるのであって、共済金支払いにおいて明らかな差異は存在しない。

5  控訴人指摘の下級審判決が存在するが、これらの判決の事案は、いずれも、所有者との関係で第一借受人と評価すべき者の使用であったとしても本件特約条項により担保すべきでない事案である。

これに対し、本件事案のように、又貸しではあっても、各貸与関係において承諾が認められる典型的事案においては、判決が言い渡された事案はない。他車運転において又貸しは起こりうる事例であるにもかかわらず、本件のような典型的事案について先例がないのは、このような事案が発生しなかったからではなく、これまでは本件のような典型的事案については、保険金、共済金等が支払われてきたからに他ならない。

第三  当裁判所の判断

一  本件特約条項及び本件免責条項について

1  本件特約条項及び本件免責条項は、原判決別紙自動車共済目録記載の自家用自動車総合共済契約に自動的に付帯される他車運転条項に含まれるものであり、自家用自動車総合保険にも本件特約条項及び本件免責条項と同旨の条項を含む他車運転危険担保特約が自動的に付帯される。

特定の自動車を被共済自動車として自家用自動車総合共済契約を締結した記名被共済者、その約款所定の要件を充足する親族等は、当該被共済自動車によって他人に損害を与えたため対人賠償損害、対物賠償損害が生じた場合に、対人賠償共済金、対物賠償共済金の支払いを受けることができる。しかし、当該被共済自動車を通常使用することが予定される記名被共済者又はその約款所定の要件を充足する親族その他の者であっても、社会生活上様々な事情から、記名被共済者又はその約款所定の親族が所有したり常時使用したりする自動車以外の自動車を一時的に運転することが避けられない。そのような場合に、一時的に運転した自動車に任意保険あるいは共済契約が付されていない可能性があることを考えると、保険、共済の保護を受けるためには、そのような一時的に予定外の自動車を運転する場合に備えて自動車運転者損害賠償責任保険等に加入する必要があるが、共済掛金と二重の保険料負担となる。

2  他車運転条項の趣旨は、記名被共済者、その約款所定の要件を充足する親族等に、被共済自動車以外で所定の要件に該当する自動車を一時的に運転する場合にも、対人賠償損害・対物賠償損害共済契約、自損事故条項等を拡張して適用し、当該自動車に保険や共済が付されていない場合でも、記名被共済者、その約款所定の要件を充足する親族等を保護するとともに、そのような運転中の事故による被害者の救済を図ることを目的とするものと解することができる。

しかし、他車運転条項は、自家用自動車総合共済契約に割増の掛金なしに自動的に付帯されるものであるから、被共済自動車一台分の掛金を支払うことによって複数の自動車によって生じる事故を担保する結果となり、一台一契約の原則の例外となっている。そのことから、他車運転条項は、記名被共済者、その約款所定の要件を充足する親族等が一時的に運転する自動車についても要件を絞って、保護する範囲を、他車の運転が被共済自動車の使用と実質的に同視できる場合に限定しているものということができる。

3  他車運転条項中の本件免責条項である「被共済者が他の自動車の使用について正当な権利を有する者の承諾を得ないで、その自動車を運転しているときに生じた事故」の意味について検討する。

まず、右免責条項の解釈に当たっても、他車運転条項によって保護する範囲を他車の運転が被共済自動車の使用と実質的に同視できる場合に限定するとの観点から検討すれば、被共済自動車の使用による事故については、正当な権利を有する者すなわち記名被共済者又はその承諾を得て車を使用又は管理中の者が対人賠償損害又は対物賠償損害の被共済者とされているから、他車運転条項により保護される事故は、当該自動車の所有者等の正当な権利を有する者の承諾を得て運転しているときに生じた事故に限られ、正当な権利を有する者の承諾を得ないで運転しているときに生じた事故であることは免責事由となるということができる。

また、本件免責条項の「正当な権利を有する者の承諾を得ないで」との文言は、原判決別紙自動車共済目録記載の自家用自動車総合共済契約に含まれる約款中の他車運転条項の中のみではなく、自損事故条項六条一項(ケ)、無共済車傷害条項六条一項(ケ)、家族無共済車傷害条項六条一項(キ)、搭乗者傷害特約七条一項(ケ)、家族原動機付自転車賠償損害特約六条(エ)等に免責条項の一部として使用されているところ、一つの共済契約の約款中で使用される同じ文言は、それぞれの条項毎に定義規定がある場合を除き、条項の性質による文言の読み替えはあるとしても同じ意味に解釈するのが相当である。ところで、右自損事故条項六条一項(ケ)と同様の規定を有する自家用自動車保険契約における自損事故の免責条項(普通保険約款二章三条一項三号)である「被保険者が、被保険自動車の使用について、正当な権利を有する者の承諾を得ないで被保険自動車を運転しているときに、その本人について生じた傷害」の解釈について、最高裁判所昭和五八年二月一八日第二小法廷判決(判例時報一〇七四号一四一頁)は、「本件免責条項は、被保険者の範囲を保険契約の当事者が保険契約締結当時通常被保険自動車を使用するものと予定ししかもその者の損害を保険によって填補するのが相当と思料される記名被保険者及びこれに準ずる正当な使用権限者に限定しようという趣旨で定められたものと解すべきであるから、前記免責条項にいう「正当な権利を有する者」とは、一般的には賠償保険の記名被保険者に相当する者(記名被保険者・名義被貸与者)をいうものと解するのが相当であり、したがって、記名被保険者から借り受けて被保険自動車を運転しているときにその借受人について生じた傷害については、保険会社は保険金の支払を免れないが、記名被保険者の承諾を得ないで右借受人から転借して被保険自動車を運転しているときにその転借人に生じた傷害については、保険会社は保険金の支払を免れるものというべきである。」と判示し、原審の判断は右免責条項の解釈適用を誤った違法があるとして原判決を破棄している。同判決においては、運転者が当該自動車を運転することについて、当該自動車に正当な権利を有する者の承諾があると信ずるについて正当な理由があるか否かを問題としていない。また、本件免責条項を始めとする前記「正当な権利を有する者の承諾を得ないで」との文言を含む自家用自動車総合共済契約に含まれる各条項について、文理上当該自動車に正当な権利を有する者の承諾があると信ずるについて正当な理由がある場合を承諾があった場合と同視する解釈を根拠付ける文言の存在は認められない。

以上のような諸点を考慮すれば、本件免責条項中の「他の自動車の使用について正当な権利を有する者の承諾を得ないで、」との意味は、その自動車の実質的な所有者、当該自動車に賠償保険や共済契約が付されている場合にはその記名被保険者、記名被共済者等からその自動車を使用することについて承諾を得ないでとの意味であって、承諾は明示、黙示を問わないが、実際に承諾がされなければならず、運転者が当該自動車に正当な権利を有する者の承諾があると信ずるについて正当な理由があっても本件免責条項の適用は排除されないものというべきである。

4  被控訴人は、他車運転条項は、一定の範囲で契約者たる人に保険が付帯するものであるが、その人による車の利用であっても、その利用自体が不正な場合にまで保障を拡大することは保障範囲があまりに広くなりすぎてしまうことから限定したものである旨主張する。

他車運転条項は、記名被共済者及びその条項所定の範囲の親族等が被共済自動車以外の所定の条件を満たす自動車を運転中の事故についても共済金を給付するものであるから、属人的な共済契約ということはできるが、そのことを理由に、同様の文言の他の条項や特約の免責事由と別の意味に解釈するのは相当ではない。

二  右に判断したところに基づいて、控訴人主張の免責の成否について検討する。

右に引用した原判決事実及び理由欄第二(事案の概要)一の前提事実及び証拠によれば、本件免責条項に関する事実は次のとおりである。

1  本件車両の所有者は、佐久間佑二から下取車として無償譲渡を受けた長野トヨタ自動車株式会社(デュオ川中島)である。同社は、従業員が顧客に代車を貸与することを禁じていたが、それは同社内部の内規に過ぎず、高橋はそのような内規の存在を知らなかった。また、ディーラーが顧客の所有する自動車を修理、点検等のため預かる際に代車を提供することが広く一般に行われていることからすると、同社とタカ商との間に新しいアウディが納入される九月ころまでの間、本件車両の使用貸借が成立したものと認められる。デュオ川中島の岡澤が、古いアウディがタカ商の社用車として使用されていたものであることを認識していたことからすれば、右貸借では、タカ商の社用車として通常予測される範囲の使用が許諾されていたものというべきである。

2  トーマスとグレッグは、高橋個人の本宅をログハウス風の建物にするため輸入住宅を購入したところ、その建築のために派遣されてきた大工で、高橋は施主の立場にあり、トーマスとグレッグは高橋の別荘に仮住まいして現場に通っていた。両名は、タカ商の従業員ではなく、タカ商の仕事をしているわけでもなかったが、高橋は両名にタカ商の社用車であるハイエースを提供し使用させていた(乙三、原審証人高橋定之)。本件事故の前日、右ハイエースが故障したため、代りに本件車両をトーマスとグレッグに使用させたが、タカ商の役員やその家族、従業員でもないトーマスとグレッグに本件車両を使用させることは、本件車両を代車として提供し、タカ商の社用車として使用することを許諾した長野トヨタ自動車株式会社の許諾の範囲を越えた行為であったというべきである。

ましてや、トーマスとグレッグが休日に女性とのドライブに本件車両を使用し、前日に知り合っただけの女性に本件車両の運転を任せるような使用方法は、本件車両を代車として提供し、タカ商の社用車として使用することを許諾した長野トヨタ自動車株式会社の許諾の範囲を越えた行為であったというべきである。

被控訴人は、被控訴人が本件車両を運転したことは、トーマスらによる本件車両の利用の一形態であり、そうでないとしても、デュオ川中島(長野トヨタ自動車株式会社)が予想しうる範囲の者への又貸しであって、同社の承諾の範囲内の行為である旨主張するが、右主張は採用できない。

したがって、本件事故は、本件車両の所有者として正当な権利を有する者である長野トヨタ自動車株式会社の承諾を得ないで本件車両を運転しているときに生じた事故として、本件免責条項に該当するものと認められる。

3  運転者が当該自動車に正当な権利を有する者の承諾があると信ずるについて正当な理由があっても本件免責条項の適用は排除されないことは前記判断のとおりであるから、被控訴人に右正当な理由があるか否かについて検討するまでもなく、本件免責条項の適用が排除されるとの主張は採用できない。

4  被控訴人は、長野トヨタ自動車株式会社のみでなく高橋もまた、本件車両の使用について正当な権利を有する者に該当すると主張する。しかしながら、高橋及びタカ商は、新しいアウディが納入されるまでの代車として使用を許諾されたもので、岡澤から任意保険がついていないことを知らされても、これを被共済自動車、被保険自動車として共済契約や任意保険に加入しようともしなかったものであり、本件車両の所有者でも記名被保険者、記名被共済者でもなく、本件免責条項にいう本件車両の使用について正当な権利を有する者とは認められない。したがって、被控訴人の本件車両の運転が高橋のトーマスらへの又貸しの許諾の範囲内であるとしても、本件車両の使用について正当な権利を有する者の承諾を得ていたものと認めることはできない。

三  よって、被控訴人の本件請求は理由がなく、これを認容した原判決は不当であるから、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、民事訴訟法三〇五条、六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 西田美昭 裁判官 柴春彦)

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